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豊島海道

情緒あるフェリーで豊島にわたり、アビ漁を考える

上蒲刈の大浦港からフェリーに乗りこんだ。フェリーは大崎下島の横にうかぶ三角島という意味深長な名称の小島を睨みつつ大きく旋回し、十分ほどで豊島港に到着する。この豊島全体と豊浜大橋でつながっている隣の大崎下島の西側の一部が豊浜町であり、大崎下島のそれ以外の部分が豊町となってい る。豊浜町、豊町はいずれも平成十七年(2005年)三月に蒲刈町、安浦町、音戸町、倉橋町と共に呉市に合併した。情緒あふれるフェリーを降りると豊島港に隣接して長い岸壁があり、その壁面にはアビ漁を伝える絵画が描かれている。

アビ漁の起源は、江戸中期の元禄年間(1688年〜1704年)に遡るとされており、三百年以上におよぶ伝統を持つ。広島県の鳥にも指定されているアビは、冬季に北極海方面から南下してくる渡り鳥で、この近海に棲息するイカナゴという小魚が大好物であり、群れをなしてイカナゴを追いかけた。 一方、タイやスズキ、太刀魚などの大きな魚もイカナゴを追いかけて食べるため、漁師にとってはアビの群れがこれら大きな魚の格好の目印となったという。

このアビ漁こそが、自然律を活かし、渡り鳥と協力して生き抜いてきた漁師たちの英知の賜物といえるであろう。この豊島には、豊漁を願ってアビを祀った神社が数多く存在するが、ここにも、日本民族が古来より培ってきた大自然や動物そのものを神として敬う文化、自然の恵みに感謝するこころの一端を感じとることができる。

溢れんばかりの物質文明に心身ともに麻痺し、自然の恵みというものに鈍感になりつつある現代人は、今一度、私たちの先人が長きにわたり培ってきた自然に対する繊細な感受性というものを意識して取り戻すべきではないだろうか。

豊島港を出発し、先ほどフェリーからも眺めた豊島北東岸の海岸線をあるき続けるとやがて対岸に上蒲刈島があらわれ、平成二十一年(2009年)三月に開通予定で現在架橋中の豊島大橋が視界にはいってくる。この橋が開通することにより、小仁方から下蒲刈、上蒲刈、豊島、大崎下島といった美しき島々を船に乗ることなく移動することが可能となる。これが実現すれば、 この豊島や大崎下島の美しき自然、そしてその背後に宿る悠久の歴史や文化そのものが呉の新しい観光資源としてさらなる脚光を集めるのではないだろうか。

さらに島の南岸をあるいてゆくと、目の前にうかぶ尾久比島や遠方にうかぶ斎島が視界にはいり、その周辺にアビ渡来群遊海面が広がっている。この斎島にはあびの里いつきというあびにかかわる資料展示室が存在するそうである。アビは北極海から日本列島に沿って渡来し、ここにたどり着くまで様々 な場所に立ち寄ると考えられるが、このような漁法が江戸期より今に伝えられるのはこの豊島近海だけではないか。このアビ渡来群遊海面を眺めつつ、北の国からやってきたアビの群れを追いかけて大海原に小舟をくり出し、大漁を誇ったであろう私たちの先人の勇姿に想いを馳せた。